手塚治虫を読む その5「空気の底」レビュー
手塚治虫さんの傑作短編集です
手塚作品様々あれど、人間のダークな部分を描いた作品群が手塚さん中期の終わりの頃にあります。
例えば「アラバスタ―」、「人間昆虫記」、「奇子」、「MW」など。
その中でも、16本の短編全部が「アンハッピー・エンド」な本作は、
短編の名手は、しっかりした長編も描ける人なんだ、ということを実感させてくれる1冊です。
「空気の底で蠢くちっぽけな人間たちの世界!息が詰まるような日々の暮らしの中で、
若者たちの満たされぬ愛と、やり場のない怒りが、しだいに人々を追い詰めていく!
問題作を多数収録した、異色の短編集!」
これがネット上に説明された文章です。
1968~1970年にプレイコミックに連載されています。
大人向けの雑誌ですから、当然「ザ・クレーター」とは似た趣向でも味わいが違います。
表紙からして、おどろおどろしいでしょう?
これは、「猫の血」のイメージからの表紙画なのでしょうか、怪奇性を感じさせます。結構表紙には怖い絵を描くことがあった手塚治虫さんでした。
表紙を除くと16ページの短編が16本読めます。
同一のテーマ・主人公・時代ではなく、全く別々の設定の短編集になって1冊の本を構成されています。しいて共通点を挙げるなら「SF性」でしょうか?
映画的な強烈なラストシーンの多彩なエンディング
各短編のランスとシーンが、いかにも映画らしいものがたくさんあります。
これは1本目の「処刑は3時に終わった」のラストシーンです。
ユダヤの秘薬を手に入れるために、博士とその看護婦たちを全員調べては殺し、ついに突き止めた、秘薬をなめて臨んだ死刑の場。
秘薬とは、時間を遅くさせる薬なので、銃を発射されてからでも十分逃げれると踏んで処刑に臨んだナチス将校だったが、自分の動きまで遅くなることを知らなかったため、銃弾から逃れられず、放たれた弾が体にめり込むまで描写された作品のラストです。
これは「ジョーを訪ねた男」のラスト。
ベトナム戦争で敵の爆弾に倒れた、白人将校と黒人兵ジョー。
黒人兵ジョーの臓器を白人将校に移植して、将校は生き残る。
ひどい差別主義者の将校は復員後、そのヒミツを知るジョーの家族の元に現れ、祥子の手紙を焼き払う。
そのスラム街知る「輸血は殆ど、俺達黒人が金のために血を売ったもんだ」
と聞かされ、自分の命の中に黒人の血が流れていることを認め、涙して感謝する、が・・・
白人を恨んでいるスラムの住人たちは、気持ちを入れ替えてジョーの家を出てきた
将校に一斉に銃を放つ。
黒い最後の一こまも実に「映画的手法」です。
この「うろこが崎」も、公害問題を取り上げて、衝撃のラストシーンを描きます。
「猫の血」では、原爆問題を取り上げ、このような目を背けたくなるシーンを描き出します。本当の戦争で九死に一生を得た手塚さんからすれば、すらすらと出てくる怒りの絵なのでしょう。
後半はもっと、SFなストーリーが続きます。
ロボットの懐妊や、兄妹同士の愛などです。
これは、最後の1篇「ふたりは空気の底に」の中のシーンです。
日活ロマンポルノらしき実写の写真を合成するという手法を取っています。手塚さんが当時映画でよく使っていた、実写にアニメをかぶせるの漫画版ですね。
このラストシーンだけが、「ロミオとジュリエット」的に写るかもしれませんが、核戦争で、地上の空気が生きてゆけない空気になった状態のところへ自由を求めて、飛び出す二人が、息が出来なくて死に、「今度生まれるなら、こんな濁った空気の底じゃなくて、あの広い星の世界のどこかに住みたいねぇ…」と言って、死んでゆく悲劇なのです。
ダークな手塚さんの作品には、重いメッセージがたくさん詰まっています。
どの短編も読み応え、抜群です。