一語一映Ⅲ

高知市の美容室リグレッタの八木勝二が、映画や本のこと、ランチなど綴ります。

ブックレビュー 「花石物語」「信なくば立たず」「『サバを読む』の『サバ』の正体」



『花石物語』


故・井上ひさしさんの自伝的小説です。
高校時代の青春を描いた名作「青葉繁れる」についで
大学1年生の夏の出来事をつづったのが本作「花石物語」です。
ともに40年ぐらい前の作品ですが、改版が出るぐらい愛読されている物語です。

井上節ですから2冊とも、感動巨編などではなく、
等身大いやそれ以下の悩みで、今の自分から脱却したい心模様が田舎釜石を舞台に描かれます。

上智大学に合格したものの、ドイツ語学科は20人の定員に対し16人しか受験しなかっただの
東大、慶応、早稲田の帽子の校章だけにでも気後れして、上智の帽子を東京でかぶれなかったり、
都会になじめず、吃音症になって傷心のまま母の住む釜石(=花石)に帰るところから始まります。

母親をはじめ、釜石の住人は、懸命に自分を生きているものの、それは滑稽ででも憎めない
人たちばかりなのでした。そういう人たちと、となりの家のあけみちゃんに励ましてもらううちに
地元になじみ、けったいな事件に巻き込まれ、それを体験していくうちに1人前の男になっていく
成長小説なのでした。ただし、ユーモアとペーソスに裏打ちされた。

セリフが全編文字では「標準語」、振り仮名が「釜石弁(なのかな?)」なので
かなり手のこんだ作品であります。書くとき2倍の時間かかりますからね。
でも、方言も味わえ、意味も理解できるというチャレンジには「さすが」といわざるを得ません。

結果吃音も克服し、大学を中退して肺結核療養所の職員になります。
それから先、浅草に出てからの続きも読みたくなるような作品でした。

井上さんの軽いタッチで重い人生を乗り越えていく滑稽さはさすがです。
文春文庫 井上ひさし著 700円(税込)

『信なくば立たず』


経済小説や会社小説の雄、江上剛さんの短編集です。
サラリーマン論語小説という50ページ前後の短編を集めた作品集です。

孔子の名言は今も日本では生き方、仕事の仕方の指南の言葉として使われていますが
それにまつわるいろんな出来事を小説にした物語です。

正直言って、「なにこれ?」という短編もありましたが、
「あ、こういうことなんだ。僕らも困難にめげずに頑張らなきゃね」という作品もあり
出来・不出来のバランスは整っておりません。

でも50ページ程度ですから、どこで話をまとめるのかな?と想像しつつ読む楽しさはありました。
短編はいいものです。
はずれの長編に延々つき合わされるのは堪りませんから。

光文社文庫 江上剛著 596円(税込)

『「サバを読む」の「サバ」の正体』


新潮文庫を毎月ほぼ1冊買います。
時には、読みたい作品が多いときは複数に及ぶこともありますが、大体は最低1冊です。

その1冊というのが、こういう雑学系の本です。
今回のは、僕の好みにドンピシャな「日本語の薀蓄(うんちく)本」。
それもNHKのアナウンス室が編集したものですから、
断定的に決め付けず、言葉の由来や、語源の諸説を引用してくれて
「なるほどなぁ〜」と思いつつ、やんわりと「近頃はこういう使い方に変わってきてるんですね〜」
とか、「本来の意味で使いたいものです」などと、やんわりと締めくくるものですから
知ったかぶりしてつい「その言葉間違いですよ!!」と言ってしまいそうな僕を戒めてくれます。

タイトルも秀逸。
サバを読むの「サバの正体」は、やはり魚の鯖なのですが
新鮮が命の鯖を早く数えるときに、おおまかになったというところから来たという説や
江戸時代魚を扱う市場のことを「五十場(いさば)」と呼び、そこでの競りの口調が早口だったため
五十場のことばを早口=(イ)サバを読むという風になったという説など
いろいろ出てきて、興味深いこの上なしでした。

一回2〜3ページで、2分間で読める程度のコラム集ですから、その無駄のない編集もいいですね。
新潮文庫 NHKアナウンス室編 594円(税込)