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一語一映Ⅲ

高知市の美容室リグレッタの八木勝二が、映画や本のこと、ランチなど綴ります。

大ヒットした「永遠の0」小説と映画を徹底比較分析してみる

活字かつじ中毒




『永遠の0』
売れましたね?
去年から今年にかけて。

でも太田出版から初版が出たのは、2006年のことでした。
講談社が文庫化権を取って、同時発売というカタチになったのと
映画が昨年暮れ公開されることになったことで、350万部突破なんて
とんでもない記録を打ち立ててしまいました。

読みたくなって文庫を買って読んだ人に借りて読んでたら、
ふと本棚を見ると初版本が、鎮座ておりまして、「あれ買ってたんだ!?」と
文庫読み始め⇒単行本で完読⇒文庫の解説を読むという、至りで読み終わりました。

ちょうどその頃映画がDVD化され、レンタルしてきて見ました。


何故映画を先に見なかったかって?
原作を読みと映画を見る、両方するつもりのある映画には
原作を超えたものがかなり少なくて(そんなに本を読んでいるわけではありませんが)、
原作⇒映画にしたほうがどう映画化したかがよくわかるので、
いつもできるだけそうしています。

原作は、僕にとっては「教養小説」でした。
教養小説というのは、読んで教養が身につく小説という意味ではありません。
ドイツ文学から発生した、自己成長小説のことをそう読んだのです。


教養小説(きょうようしょうせつ)とは、主人公が様々な体験を通して内面的に成長していく過程を描く小説のこと。ただし「イギリスの教養小説」などのように類似した他国の小説に対しても用いられることもある。(教養小説 - Wikipediaより)

代表的な教養小説には、トマス・マン『トニオ・クレーゲル』(1903年)、ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』(1904〜12年)、ジェームズ・ジョイス『若き日の芸術家の肖像』(1916年)、ヘルマン・ヘッセ『デミアン』(1919年)などがある。日本の教養小説には、下村湖人『次郎物語』(1941〜54年)、山本有三『真実一路』(1936年)、『路傍の石』(1941年)など、大正教養主義の理想にその基礎を置くものが多い。現代日本で教養小説という形式は、宗教家の自伝の類において最も有効に機能している。


もちろん、宮部久蔵の成長小説ではありません。
小説「永遠の0」は、26歳の弁護士をめざす佐伯健太郎の「自己成長小説」なのだと読めるんです。
その第一の証拠が、健太郎の一人称で書かれていること。
そして、次から次へ現れる戦友たちの語りが、健太郎のフィルターを通じた言葉に直されて書かれていることから読み取れるわけです。


戦友たちから「君のお祖父さんは、海軍一の臆病者だった」というセリフから始まる
健太郎の祖父の生き様を通じた自己成長の中身は、単に祖父の経過を知るだけではなく、
どうしてあの戦争に日本は負けたのか、という視点にまで届きます。

映画ではもちろんストーリーは同じですが、
そちらよりも、名ゼロ戦操縦士・宮部久蔵と彼が愛する妻と子を想い、
どうして死なない戦いをしていったのか、に焦点絞り込まれていてかなり印象が違うのです。
小説で8割以上が、戦争経験者たちの回想や語りであるのに比べ、
映画は、その部分を3人程度に凝縮して、戦争反対というメッセージを掲げるわけではなく
特攻の批判をするでもなく、美化もせず、どちらかといえば、ふたりのラブストーリーなんですよ。


つまり、小説の主人公は孫の佐伯健太郎であり、
映画の主人公は、名ゼロ戦操縦士である、宮部久蔵なのである、ということ。

だから印象がとても違います。
そんな風に違いを感じました。

でも、小説も映画も記録的ヒットを生み出したのは、
根底に流れる、戦争という愚かしい国家思想の強制と、国民教育、
それらが人命を軽視していることを人間参加として謳い上げたところに要因があろうかと思うのです。


ことがわかり始めていく家庭での姉の変化は、ジャーナリストとしてのものであり、
弟の感じたそれは、自分の存在を確かめ、人の役に立つとはどういうことなのか、ということ。
その対比は、小説の方が勝っていたかも知れません。
なにせ、主人公なのですから。


僕は、どちらででも、泣きませんでしたよ。
強がって書いているわけではありません。
それだけの感動を呼び起こしてはくれなかったからです。

でもこんな原作+映画化の成功した例は、これからもそうは出てこないでしょうねぇ。