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一語一映Ⅲ

高知市の美容室リグレッタの八木勝二が、映画や本のこと、ランチなど綴ります。

同級生・坂東真砂子さんとのおもいで

時事・その他





先月27日亡くなられた、坂東真砂子さんとは、高校時代の同窓で、
高2、高3のときは、同じクラスでした。

それほど近しかったわけではないのですが、
50代も半ばになって、同級生の死という報に触れるにつけ
「もうそういう年代になったんだ」という気持ちがわき、
同時に、数少ない、彼女との思い出がよみがえってきたのです。

まずは、小説「死国」のブレイクです。


これは、売れましたね。
1996年のことです。
のちに映画にもなりました。
ホラー映画というふれこみだったので、見ていません。
小説も文庫で買いましたが、少し読んで止まってしまいました。

ホラー等よりも、土着色の濃い伝奇ホラーという感じでしたね?

そして、そのすぐ後に映画「狗神」が、これまたホラー色濃くもっと
土着色の濃いエンタテインメントに仕上がっていました。

ここで、116回直木賞を「山妣」で受賞しました。
好き嫌い関係なしに、同級生から直木賞誕生を祝福しました。

のちに「狗神」の映画は「弟切草」と2本立てで公開されました。

監督と主演女優が好きだったので、見に行きました。
なかなかの面白い映画でしたが、原作はまた買ったものの、読みませんでした。

あの坂東さんが、こういうの書くのか、どうなったんだろうな?
というイメージしか思いませんでした。

でも同級生のよしみで、出る本出る本全部買いました。


それ以降、どんどんと作品を発表し、押しも押されもせぬ売れっ子作家となり、
高知新聞のコラムも担当するようになります。

息子が中学受験のとき、国語が苦手で塾のプリントを一緒に解こうとしたとき
問題文が「坂東真砂子「身辺怪記」より、と書いてあったので驚いて読みました。

「台風銀座」という幼少期の佐川・斗賀野での台風の思い出と台風にあこがれる
少女の心境を書いたものでした。これエッセイとはいえ深いよ、と思いながら
本をまた買い求めました。

この本の中の「田舎娘の悪夢」という編には、高3の時の運動会のホームゲームという
ダンスの苦い思い出が書かれています。

ほぼ同じような思いだった僕には「懐かしいし、同じ思いをしていたんだな」
という共感が湧きます。


これが次の再会です。
タイトルのとおり、自伝なんですね。
でもまた彼女なりに、壮絶な自伝的小説です。

中でもP51〜74の部分には、高校時代のことが偽名と多少のフィクションが
混ざってはいるものの、誰のことを書いているだろうかの憶測が立てられるんです。

あらぁ、こんな風に捕らえて物事を見ていたんだ、複雑だなぁ、と思いました。

高知新聞に連載された
「梟首の島」の出版記念の講演会(対談)
が高知で開かれる前々日のことです。

東京に住む僕の大学時代の友人から
携帯に電話がありました。

「今銀座のすし屋、だれと飲んでいると思う?
今、変わるわ」

出てきた人は、坂東真砂子さん本人でした。

学校で同じクラスになっていても60人もいるクラスで、
それも女子となるとなかなかしゃべった記憶がある子が少ない。

驚きの再会(再聞?)でした。

「あさって高知で対談があるから、来てくれる?」
「行きたいけど、ちょうど用事があるがよ」
「じゃあ、その次の日の月曜日のお昼あいてない?」
「休みだから、大丈夫。携帯電話教えとくね」
「用事が終わったら連絡するね。お昼でも一緒に・・・」
「うん、それじゃ待ってる」と片言の英会話のような会話で終わりました。

そして月曜日、1時になっても2時になっても電話はかからず
一応「昼」の最下限4時まで待てどもかかってこずで、「ああ、映画行き損ねた」
というやや苦い思い出が。
銀座でそのあと、酔っ払って忘れてたのかも?


そして、最後は去年のこと。


その電話をくれた大学の同級生と池袋で飲んでいるとき、
坂東真砂子さんの話になって、「どう連絡取ってる?」と聞くと

「自分の作品の舞台化を考えていて、時々俺のところへ連絡が来るよ」
「へぇ・・・そうなんだ。で本人が脚色するわけ?」
「そうしたいらしいんだけど、小説と脚本とは違うのよ」
「じゃ、うまくないんだ?」
「相手は直木賞作家でしょ、ずばりとは言えんのよ(笑)」

その後、去年暮れに彼から電話あり。
「今高知、さっきまで坂東真砂子の家(高知市鏡)で、打ち合わせしていて今から東京へ帰るところ」

舞台への夢は具体的に進んでいたんだ。

そして訃報。
3月30日生まれの彼女は、まだ55歳。

早すぎる死・・・。



僕はいろいろ買い、読みましたが、
処女作のエッセイ、この本が一番好きです。
素直だし、一途な彼女が一番出ていて。